催眠療法士の日記

催眠療法や心理療法、スピリチュアルなこと、心と身体の関係についてなどを発信していきたいと思います。
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催眠療法の歴史(その5)
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    クーエの評判は、母国フランスでは絶大なものでした。多くの人が自己催眠の効果を体験し、その恩恵に浴しました。しかし自己催眠の理論をアメリカに広めようと渡米したクーエは、大きな間違いを犯しました。アメリカでの活動をすべて興行師にまかせてしまったのです。興行師は自己催眠をたんなるおふざけとして利用しました。クーエが開発した暗示のための文章は、語呂合わせの冗談のタネにされました。ここでも大衆の意識が催眠を受け入れるのに十分ではなかったのです。そして催眠は再び奇怪現象のようにあつかわれました。

     

    つづく50年間、催眠の歴史にこれといった進歩はありません。ただ、第一次世界大戦中と大戦後、麻酔薬の供給が底をついたドイツ軍はペインコントロール(無痛状態にすること)と戦闘神経症の治療に催眠をとりいれました。

     

    そのような時期でも催眠を研究し、研究結果を発表しつづける科学者はいました。なかでも特筆すべきはアメリカの心理学者クラーク・ハルです。ハルは”Hypnosis and Suggestibility”(催眠と被暗示性)という本を1933に出版し、この本の中で次世代の若者たちに向けて催眠の研究を推奨しています。

     

    第二次世界大戦と朝鮮戦争の時代に、催眠は再びペインコントロールと心の病を癒す手段として利用されました。そして医学の分野では催眠を応用しようという興味が次第に高まっていきました。1958年、米国医師会が療法としての催眠を承認しました。これが大きな分岐点となり、認められては闇に葬られるという繰り返しだった催眠は、この時以来安定した発展を続けています。ようやく催眠が認められるようになったのです。催眠はもはや神秘的な力を持った特別な者の技ではなくなりました。催眠に関する書籍は数多く出版されるようになり、自己催眠のテープも人気があります。イメージトレーニングやリラクゼーション療法、誘導瞑想なども催眠の応用系なのです。今日では、このように催眠は私たちの日常生活に定着しています。

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