催眠療法士の日記

催眠療法や心理療法、スピリチュアルなこと、心と身体の関係についてなどを発信していきたいと思います。
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催眠療法の歴史(その3)
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    ジェームス・エスデール博士(1818〜1859)は、ブレイドの個人的な友人であり、仕事上の同僚でした。インドのカルカッタにあった東インド会社に派遣されていたとき、彼は催眠がもたらす麻酔効果を外科手術に応用してみました。すると手術中の死亡率が5%以下に低下したのです。それは驚異的な数字でした。インドに滞在中の数年間、エスデールは催眠麻酔の技術にさらに磨きをかけました。イギリスに帰国した彼は、インドでこれほど効果をおさめた技術はイギリスでも同じ効果を発揮すると思っていました。

     

    ところがそうはなりませんでした。なぜかというと、インドではスピリチュアル的な概念や、瞑想の習慣が当たり前に浸透していたのです。だからインド人には催眠を受け入れる文化的な素地があったのです。しかしイギリス人はそうではありませんでした。教会は大衆に、苦しみは人に与えられた尊い試練だと教えていました。苦しみは耐えてこそ美しいとされていたのです。インドでの成果をイギリス医学界に発表したエスデールはあざけり笑われました。そしてエスデールの行為は自然に反するものだと学会は主張しました。神は人間に苦しみを与え、その苦しみは魂の浄化と人格の形成には不可欠だと考えられていたのです。イギリスに帰ったエスデールは、あざけりと傷心のうちに残りの人生を送りました。

     

    19世紀半ばに薬品麻酔が実施されるようになると、医師たちも苦しみに対する考え方を改めました。なぜか突然必要以上の苦しみは尊いことではなくなってしまったのです。ビクトリア女王がクロロホルム麻酔によって出産を滞りなくすませたので、王室はこの新たな薬品を承認しました。苦しみを称賛していた教会も口をつぐみました。医師たちは手当たり次第にクロロホルムとエーテルを使いだしました。みんながそれを欲しがったので、看護師も軍医も、事務員までもが手術前に魔法の薬を投与しました。布に含ませて顔にのせるのですね。手術の途中ではさらに他の薬品も使われました。このような新しい薬に対する人体の許容限度などという知識はまだありませんでした。すると今度は、麻酔によって死亡する患者が出てくるようになりました。

     

    しかし、薬品麻酔の人気はとどまることを知らず、本来なら見直されるべきエスデールの業績は、忘却のかなたに葬られてしまいました。そして催眠は再び怪しげな見世物に逆戻りしてしまうのです。

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